お知らせ

第5話|すべてを失った話

 

── それは、全部、自分で選んだことだった。

 

とにかくつまらな過ぎた。

接客、料理、現場が大好きな僕は、裏方業に集中出来なくなっていった。

順調に見えていた経営の裏で、

自分の中に、じわじわとヒビが入っていました。

 

「何のために続けてるんだろう」

「この先に、自分の居場所はあるのか」

「もし裏切られたら──」

 

不安ばかりが頭をよぎって、

気がつけば、誰のことも信じられなくなっていたんです。

 

大好きだった料理にも向き合えず、自分の立つお店の空気は重くなっていきました。

やがて僕は、店を現場の店長たちに任せ、少しずつ距離を置きました。

そして本部の社長という立場も、信頼していた人物に譲りました。

 

「もう、自分がいなくても、回るだろう」

そんな甘さが、どこかにあったんだと思います。

 

でもそのたった9ヶ月後の──2020年。

コロナが、すべてをひっくり返しました。

 

最後に残っていた1店舗さえも、

気づいたときには、他人の手に渡っていて、

僕の名前は、どこにも残っていませんでした。

 

通帳にも、予定表にも、僕の居場所はなくて。

残ったのは、やり場のない虚しさだけでした。

 

「終わった」──そう思ったとき、不思議なくらい何も感じませんでした。

怒りも、悔しさも、涙も出てこなかった。

ただただ、空っぽでした。

 

でも、ふと思ったんです。

これは全部、自分が選んできた道だったって。

 

誰のせいでもない。

逃げたのも、任せたのも、譲ったのも、自分だった。

 

── 安心してください。

このあと、もっと深く、落ちていきます。