室岡ストーリー。ムロオカ定食は、 僕の“人生のやり直し定食”ですー公開中
── ムロオカ定食は、
僕の“人生のやり直し定食”です ──
全11話
最初のほうは、ただの料理の話かもしれません。
でも、よかったらその先もちょっとだけ読んでみてください。
4話からは、僕の物語が少しずつ動き出します。
店をもう一度始めるまでに、いろんなことがあったんです。
【第1話 海老の話】
── ムロオカに、海老フライあり。
ムロオカの海老フライは、ただの “でかい海老” じゃありません。
選んでいるのは、特大サイズの天然海老。
ただ大きければいいわけじゃなく、身質・揚げ上がり・香りまで考えて、この一本にたどり着きました。
衣のパン粉は、粗さの違う 2 種を独自にブレンド。
ガリッとしすぎず、でもサクッと抜ける衣。
大きな海老に揚げ負けしないパン粉です。
揚げ油も数種類の植物油を独自比率で配合し、口に残らず香りが立つように調整しています。
揚げたてをかじれば、衣の中から湯気と一緒に、
プリッとした身が「ブチッ」と音を立てて弾ける。
その一瞬のために、素材も技術も、全部注いでいます。
そして、この海老フライから、
僕のやり直しが静かに動き始めます。
【第2話|もつ煮の話】
── 3日かけても、仕上がらないことがある。
ムロオカのもつ煮は、仕込みから完成まで3日がかり。
ダシは7種、味噌は6種、煮込みに6時間。
でも、数字だけじゃ伝わらないんです。
煮込みすぎたらコクが濁る。
寝かせが浅いと、味がまとまらない。
かといって寝かせすぎると、香りが飛ぶ。
毎回、真剣勝負です。
“ガツン”ではなく“じわっ”と沁みて、
食べ終わったあとに「うまいな…」って、
静かに思ってもらえるような一杯。
こいつは、気を抜くと、すぐに機嫌を損ねます。
モツの脂の状態、肉の厚み、臭み――毎回ほんの少しずつ違う。
命をいただくというのは、そういうことなんだと思います。
そこに気温や出汁の状態も重なってくる。
それらすべてを、できる限りひとつに溶け込ませる。
「真面目に仕事しろ」
そう、毎日この鍋に教えられています。
怒らせたら、美味しくなくなる。
だからムロオカの料理の中でも、いちばん神経を使う。
いちばん思い入れがあって、いつも気を引き締めさせてくれる、そんな一杯です。
── ムロオカ定食は、
僕の“人生のやり直し定食”です ──
【第3話|室岡定食の話】
── 一つのお盆に、店の軸が定まった。
「名物は何ですか?」と聞かれたとき、胸を張って出せるようになったのが**『室岡定食』**です。
主役は、人気の海老フライともつ煮。
それを一度に楽しめる、ムロオカの“看板セット”。
さらに、自家製ドレッシングのサラダ、4種のダシで取る豚汁、人気の塩コロッケまでそろえた“満腹保証”のお盆スタイル。
単品ではなく定食にした理由はただ一つ。
せっかく不便な場所まで来てくれたお客様に、「ここまで来て良かった」と言い切ってもらいたかったから。
メニューに迷い続けていたムロオカは、
この定食の誕生で、ようやく“自分の形”を手に入れました。
海老ともつ煮が共鳴し
ようやく、自分の形ができた。。
でもこれは、ただの定食じゃありません。
ムロオカ定食は、僕の“人生のやり直し定食”なんです。
1〜3話ここまでは室岡を知らない方にも室岡を知っていただくためのお話。
ここから先は、少しだけ、僕の話をさせてください
【第4話|僕の原点の話】
── 台所に立つのが、ただ嬉しかった。
幼い頃、家の台所で袋麺を作るのが好きでした。
お湯を沸かして、もやしや卵を入れるだけ。
それだけで、なんだか胸が高鳴った。
一生懸命に作ったインスタントラーメンは、自分史上最高にうまかった。
高校を中退して、最初に入ったのは近所のホテルの厨房。
皿洗いに皮むき、盛りつけ……
地味な作業ばかりだったけれど、不思議と物凄く楽しかった。
「この世界が僕の居場所だ」と、自然に思えた。
そこから、神奈川で本格的な板前修行へ。
今の時代あり得ませんが、
エアコンも風呂もない寮に住み、手取りは月8万円。
朝6時半から夜9時過ぎまで働き、休みは週に1回だけ。
まさに“地獄”みたいな毎日でしたが、不思議と料理を嫌いになったことは一度もありませんでした。
群馬に戻ってからは居酒屋に入り、やがて店長に。
この頃から、料理だけじゃなく“商売の面白さ”にも惹かれていきました。
人が集まり、笑い、酔い、帰っていく。
その流れをつくるのが、たまらなく面白かった。
そして24歳で独立。
最初の店「居酒屋 平八」は、ありがたいことに繁盛させていただき、翌年に2号店、その次に3号店…
30歳の頃には、5店舗を構え、社員・パート・アルバイトを合わせて70人を超え、売上もケタ違いに伸び続け、街を歩くだけで風を切り、自分が何者かになれたそんな気がしていました。
思えば、人生のピークをあの頃に迎えていたのかもしれません。
安心してください。
このあと、ちゃんと転落します。
【第5話|すべてを失った話】
── それは、全部、自分で選んだことだった。
とにかくつまらな過ぎた。
接客、料理、現場が大好きな僕は、裏方業に集中出来なくなっていった。
順調に見えていた経営の裏で、
自分の中に、じわじわとヒビが入っていました。
「何のために続けてるんだろう」
「この先に、自分の居場所はあるのか」
「もし裏切られたら──」
不安ばかりが頭をよぎって、
気がつけば、誰のことも信じられなくなっていたんです。
大好きだった料理にも向き合えず、自分の立つお店の空気は重くなっていきました。
やがて僕は、店を現場の店長たちに任せ、少しずつ距離を置きました。
そして本部の社長という立場も、信頼していた人物に譲りました。
「もう、自分がいなくても、回るだろう」
そんな甘さが、どこかにあったんだと思います。
でもそのたった9ヶ月後の──2020年。
コロナが、すべてをひっくり返しました。
最後に残っていた1店舗さえも、
気づいたときには、他人の手に渡っていて、
僕の名前は、どこにも残っていませんでした。
通帳にも、予定表にも、僕の居場所はなくて。
残ったのは、やり場のない虚しさだけでした。
「終わった」──そう思ったとき、不思議なくらい何も感じませんでした。
怒りも、悔しさも、涙も出てこなかった。
ただただ、空っぽでした。
でも、ふと思ったんです。
これは全部、自分が選んできた道だったって。
誰のせいでもない。
逃げたのも、任せたのも、譲ったのも、自分だった。
── 安心してください。
このあと、もっと深く、落ちていきます。
【第6話|潰れる……このまま終わるのか、と本気で思った話】
── 「あそこは、すぐ潰れる場所ですよ」
すべてを失ったあと、最後の覚悟で立ち上げたのが「キッチンムロオカ」でした。
ところが契約を結んだすぐ後、契約したとことは違う知り合いの不動産屋はこう言い放ちました。
「この物件、長く続いた店はしばらくありませんよ」
それでも僕は、心のどこかでタカをくくっていた。
**「経験もあるし、自分なら大丈夫だろう」**と。
幻のスタートダッシュ
オープン当初は“カツ丼をメインにスタート”。
初月は想定を大きく上回る客足で、「ほら見ろ」と胸を張った。
しかし4ヶ月目、売上は前月比マイナス40%。
撒いたチラシは反応ゼロ。
立地の不便さと駐車場の狭さが、数字に牙をむき始めました。
心を折った一言
そんなとき、来店したお客様に率直に言われました。
「この場所じゃ、長くはもたないよ」
またか。。。
内容も吟味しての率直な意見でした。わかっていたつもりの現実を、真正面から突きつけられた瞬間でした。
厨房の奥で崩れる日々
自信も、プライドも、日ごとに削られていく。
仕込みは雑になり、味はぶれ、廃棄が増える。
キッチンに立つ自分の姿さえ、ぼんやりとしか浮かばなくなっていた。
家では「もう飲食なんて嫌になりそうだ」とこぼすことが増え、
肩の力は抜け、息だけが重くなる。
——それが、ムロオカ創業4ヶ月目。
人生で一番暗かった時期でしたが、この底があったからこそ、後の再起につながります。
【 第7話|海老フライが救ってくれた話】
── あの日の黒板が、空気を変えた。
毎日が真っ暗だったあの頃。
厨房の奥で考え続けても、何も見えなかった。
ある日、ほんとに何も考えずに気まぐれで書いた「本日のおすすめ」。
手書きの黒板に書いたのは、“海老ヒレ丼”。
この時は市場で買ってきた少しだけ大きな海老と、元々あったヒレカツを合わせた、即興のどんぶり。
今程こだわりもせずに、作ったのも深い意味もなく、なんとなく自分が食べたかっただけ。
でもそれが、なぜか売れたんです。
お客様が指をさして、「これ気になる」と言ってくれた。
そこから、流れが変わり始めました。
1話で書いた通り徹底的に海老フライを研究。
何をしても響かなかった店に、やっと「反応」が返ってきた。
おいしそうに食べる顔、写真を撮る姿、また来てくれるお客様。
たったひとつの商品が、店の空気を変えてくれました。
「ここの海老なんかおいしいらしいよ。」
“売れる”じゃなく、“伝わる”。
それがどれだけ嬉しいか、思い出した瞬間でした。
【第8話|もつ煮が出来るまでの話】
── 勝てない。でも、作り続ける。
ムロオカのもつ煮は、最初から売れたわけじゃありません。
最初はただ、「好きだから作ってみよう」と始めた一品。
味にはある程度自信もありました。群馬の超有名店と並ぶくらいの味は、出せていたつもりでした。
でも、どこかパッとしなかった。
そんな時に出会ったのが、噂を聞いて食べに行った都内のもつ煮屋さんでした。
ひと口食べた瞬間、正直、膝が震えました。
「全然、違う…」
その完成度に圧倒され、自分の味に絶望しました。
味噌を変え、ダシを変え、何度も鍋を洗い直しては煮込み直した日々。
味見を重ねるうちに、美味いかどうかすら分からなくなっていきました。
それでも、研究し続けていたら、あるお客様が言ってくれたんです。
「俺は、ムロオカのもつ煮が一番好きだよ」
あの一言で、やっと報われた気がしました。
ほんとに涙がでました。
ムロオカのもつ煮は、ほぼ無化調(化学調味料ほぼ無し)。
カツオと昆布の出汁を効かせ、香りの奥行きにこだわった、やさしいもつ煮です。
パンチがあるのに、深い旨み。濃さより、余韻。
万人受けはしないかもしれません。
でも、この味を「うまい」と言ってくれる人のために、今日も鍋に火を入れています。
【第9話|定食屋という生き方の話】
── 安さより、満足してもらうこと。
食堂を名乗る以上、いつだって比較されるのは“早い・安い”のチェーン店です。
けれど僕は、そこを追いかけるより 「ちゃんとうまい」を守る 道を選びました。
だからムロオカの定食は、メインに小鉢・サラダ・豚汁・デザートまで付く“滞在型”。
どれも既製品は使いません。プリンひとつも、自家製にこだわります。
お客様の滞在時間は長くなるし、原価も手間もかかる。
でも、食後に「また来るよ」と言ってもらえた時、
その時間もコストも、すべて意味を持つと信じています。
ムロオカは、早い・安いを競う店じゃありません。
ここで過ごすひとときそのものを、ちょっと豊かにする定食屋。
ただ、ちゃんと作る。それだけです。
テイクアウト部門では、創業時からの看板メニュー「カツ丼」が今も売れ筋No.1。
この一杯が、今もお店を支え続けてくれています。ありがとうございます。
お客様のキッチンムロオカでのひとときが、少しでも豊かな時間になるように。
そんな想いで、毎日厨房に立っています。
【10話|夜の居酒屋営業復活の話】
── 僕の武器を、もう一度使った。
定食スタイルが軌道に乗り始めたとはいえ、昼頼りの営業では正直、限界も感じていました。
コロナも明けて、そこで始めたのが夜の居酒屋営業の復活です。
元々、居酒屋経営者。
おつまみを作るのは得意中の得意分野でした。
だから、夜限定の一品料理や酒の肴をしっかり用意して、営業時間を伸ばしたんです。
中途半端じゃ気にしてもくれません。居酒屋料理メニューもドリンクもすごい数の種類を揃えました。
最初は手応えがなくても、やがて金・土・日の夜にお客様が集まりはじめ、
居酒屋メニューを始める前に比べて売上も着実に伸ばすことができました。
ムロオカは、「ごはんだけ」の店じゃない。
仕事終わりにふらっと寄ってもらえる“酒場”の顔もある。
お父さんはビールと焼き鳥、お母さんは海老フライ定食、高校生の息子さんはカツカレーのセット。みんなで唐揚げをシェア。
もちろん定食だけのご利用もできます。
昼と夜。
定食とつまみ。
その両方が揃ったことで、ようやく“店のかたち”が完成した気がしています。
海老フライ。
もつ煮。
酒とごはん。
ちゃんと旨い。キッチンムロオカ
やっと形が見えてきました。
【最終話|これからの話】
── 僕の飲食人生は、まだ途中です。
海老フライともつ煮があって、「室岡定食」が生まれた。
ようやく“ムロオカ”という店のかたちが見えてきました。
でも、ここがゴールじゃありません。
神奈川での過酷な修行時代が“第1の修行”だったとすれば、
今のムロオカは、僕にとって“第2の修行”です。
ムロオカは、大人気の飲食店ではありません。
週末なのに、お客様が少ない日だって正直あります。
でも、それでいいんです。
伸びそうになる鼻を、いい具合にへし折ってくれる。
とてもありがたい薬だと思っています。
「潰れるかもしれない」
そんな恐怖がよぎる日もあります。
暇だと不安がじわじわと広がり、
忙しければ、体が悲鳴をあげるほど働く。
令和の時代に“働きすぎ”は敬遠されるかもしれません。
でも、暇で不安な日もあれば、忙しく日付は変わりやがて空が明るくなるくらい限界まで働く日もある。
その両方を抱えてこそ、
個人経営の定食屋の親父のリアル。
——結局、これが僕の生き方です。
不安こそが、飽きずに商えて、現状を見つめ直す起爆材になる。
何がいけないかとにかく考える。
ムロオカのおかげで、僕は今も
料理を見直し、商売と向き合い直し、自分の弱さとも戦っています。
ここは本当に難しい場所です。
この第2の修行は、きっと僕をまた一歩、レベルアップさせてくれる。
そう信じています。
なぜなら、この先にどうしても叶えたい夢があるからです。
——それは、地元・富岡市でムロオカのような定食屋を開くこと。
勢いのあった社長時代なら、すぐに出店できたかもしれません。
資金も、タイミングもありました。
でも今はムロオカで苦労を積んでから挑みたい。
そのほうが、きっと意味がある気がするんです。
飲食人生のすべてをぶつけて、
最後に一軒の、大切な店を、自分の手でつくる。
その夢のために
今日もムロオカで楽しく修行をしています。
⸻
全11話、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
このストーリーは、キッチンムロオカが、僕にとって6店舗目にして最も苦戦したお店だったからこそ——
そこに宿る“特別な想い”を込めて書かせていただきました。
開業からわずか4か月目で迎えた崖っぷち。
あのとき正直、今こうして続けられているとは思っていませんでした。
気づけば、24歳で独立してから飲食一筋で17年。
40歳を過ぎた今、こうして続けてこられたのは、支えてくださった皆様のおかげです。
その感謝と、これからも続けていく覚悟を込めて——
そして、自分に甘えず背中を押すためにも、恥ずかしい部分も含めてすべてさらけ出しました。
キッチンムロオカは今年9月で4周年を迎えます。
とはいえ、まだ“たったの4年”。
5年目、6年目——あるいはいつか場所が変わることがあっても、
「また来るよ」のひと言をいただけるよう、これからも仕込みに向き合っていきます。
これからも変わらず、
**“ちゃんとうまい”**を、一皿ずつ、一盆ずつ、丁寧に。
今後とも、キッチンムロオカをどうぞよろしくお願いいたします。
追伸:
突然こんな投稿を始めたので、「マスター病んでるの?」というお声も多数いただきましたが……ご安心ください、僕は超元気です!
毎日楽しく仕込みしてます!
ご心配、気にかけてくださってありがとうございます。